雨上がりには虹が見えるよ ー自閉症のしょうとの歩みー

高機能自閉症の息子しょう(2013年生)との日々を綴ります。家でできる療育をしながら楽しく、ときに悩ましく毎日を過ごしています。

つくしのあたま

春休みをむかえ、元気があり余る息子と過ごす毎日は体力勝負です。
寒かったのに春が駆けこんできて、衣替えも大慌て。

この時期になるといつも思い出すことがあります。
今回はそのお話。数年前に書いたものです。絵本を作るキャンペーンで落ちたやつ。笑。

もしよければ、わたしの思い出話におつきあいください。

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私が中学生だった頃、試験週間で早帰りすると、おばあちゃんが家に来ていた。
春にはつくしを取って持ってきてくれた。台所で洗って水にさらしていた。
「つくし取ってきたで、お母さんに卵とじにしてもらやぁ。」
「うん。」
うなずきながらも私は、つくしなんてそんなに美味しくないしわざわざ持ってこなくてもいいのに……と思っていた。

時間があるときは下処理もしてくれていた。新聞紙を広げてざるを置いてひとつずつ袴を取った。狭い部屋のなかで着替えるのもためらって、私は制服のままおばあちゃんと向き合って座って袴取りを手伝った。
「袴とり、できるん?」
「うん、お母さんに教えてもらった。」
「そうか、お手伝いしとるんやねー。」
たいして話すことなどない。学校はどうだ、友だちはどうだ、そう聞かれるたび、うんうんと力なく答えるのだけど、ちょっと面倒だった。

たまにジャリっとして袴に土が入っていた。手に土がつくのがイヤだった。おばあちゃんの手を見ると爪の間が黒くなっていた。

おばあちゃんは仕事の合間に隣の町から自転車で来ていた。もう定年を迎えるような歳だったと思う。それでも女手ひとつで子どもを育てている母を気遣い、孫を心配して見にきてくれていた。
そうしておばあちゃんは仕事に戻っていった。自転車をこいでいく背中は丸かった。

 

その晩、母はつくしの卵とじを作った。
「おいしい?」
「うん……にがーい。」
「この苦味が美味しいのよ〜。」
晩ご飯のおかずを母は喜び、私はあたまをよけて茎と卵の部分だけを食べた。

 

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春になり、1歳になった息子と私は散歩に出かけた。よちよち歩きで石ころを拾おうとする。ころんと転んでしまう息子をかがんで抱き起こした。
土からつくしが顔を出していた。息子はひいばあちゃんの顔を知らない。私ももう何年もつくしを食べていない。いや、それどころか、つくしが生えているのを見たのはいつだったろう。
おばあちゃんはどこの土手でつくしを取ってくれたんだろう。それすら聞いたことがなかった。

今度の春には息子とつくしを取って食べさせてみようかな。
「おいしくない。」と言ったら、
「ひいばあちゃんの味だよ。」と伝えよう。
私の、おばあちゃんの思い出の味。

 

今週のお題「お花見」

 

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